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日中医学協会ブログ

コロナ禍での大学院訪日受験体験記―全3回シリーズ【第1回】

2021/05/21

コロナ禍での大学院訪日受験体験記―全3回シリーズ【第1回】

 日中笹川医学奨学金制度研究者第43期研究者の葉盛さんが、2021年1月、コロナ禍で訪日し奈良県立医科大学の博士課程を受験しました。
 新型コロナウイルス感染拡大で刻一刻と状況が変わる中、日本入国ビザの申請から受験を終えて帰国するまでの出来事の詳細を手記にして送ってくれましたので、3回シリーズでお届けします。是非ご覧ください。

希望を持ち、努⼒し続けることが⼤切-コロナ禍での⼤学院訪日受験体験記

           葉盛 南京赤十字血液センター成分採血科 副主任医師    

 

    第1回   中国出国までの長き道のり~日本の緊急事態宣言に翻弄されて
    第2回   日本入国から入試の日まで~日本人の優しさに触れて
    第3回   大学院入試から帰国まで~受験できた喜びを噛み締めて

 

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 人によってその年々の意義は異なるが、2020年は確実に人々の記憶に残る年となった。年初にはオーストラリアで大規模な森林火災が起き、人々は自然の残酷さと無常さを目の当たりにしたが、その時はまだ「災害は一時的なもので、すべては過去となり、未来は依然として明るく美しい」と楽観視していた。しかし、次に人々が直面した新型コロナウイルス感染流行という残酷な現実は、人間の小ささを実感させるものであった。1月の第一波流行時の武漢市ロックダウンから、2月のWHOによるパンデミック宣言、夏季の南半球での第二波流行、冬季の北半球での第三波流行までに、このウイルスにより200万人以上の人の命が奪われ、グローバル化した人間社会に一時停止ボタンが押された。すべての人々の生活が甚大な影響を受け、目下この影響は短期間で解消される見込みはない。

 この状況に適応するために、我々は如何に努力して自身の心情をコントロールすれば良いか。誰しも自分の考えを持っていると思うが、私はこの場を借りて、コロナ禍での日本の大学院(博士課程)受験体験とその時に感じたことを、皆と共有したいと思う。

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 私は、2017年に日中笹川医学奨学金制度第39期研究者として、日本赤十字社近畿ブロック血液センターで1年間勉強した。藤村吉博教授と木村貴文先生の熱心なご指導と研究室の先生方の温かいサポート、そして日常生活の中で感じた平等と相互尊重の精神、これらすべてが美しく心に残る思い出となった。この時から私は日本で博士号を取得したいと強く思うようになった。藤村教授に相談すると、奈良県立医科大学輸血部の松本雅則教授を推薦してくれた。調べてみると、輸血部では私が最も興味のある内容の研究を行っていた。迷わずこの大学への留学を決め、すぐに松本教授に連絡し、受け入れの了承を頂いた。

 瞬く間に時が過ぎ、2020年8月となった。中国国内では効果的な予防・抑制対策により新型コロナウイルスの感染はほぼ収束し、人々の生活や仕事は正常に戻っていた。しかし、日本は夏季であったが第二波となって依然感染拡大が続いていた。調べたところ、奈良県立医科大学では大学院のオンライン入試は実施されておらず、2021年度に入学したい場合は、2020年11月若しくは2021年1月に現地で試験を受けなければならなかった。受験を1年延期することも考えた。松本教授にも感染が収束するのを待って受験したらどうかと提案された。熟考を重ね、やはり当初の計画通り2021年度入学に申し込むことにした。私はもうすぐ40歳になる。気力・体力・時間は待ってくれない。感染は心配だったが、きちんと感染予防対策をすれば、自分自身を守れると思った。所属機関の上司の強力なサポートの下、先ず日中笹川医学奨学金制度2021年度研究者に応募し、10月に北京で行われた面接試験に合格して、第43期<学位取得コース>研究者となった。

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 11月に入り、大学院受験のための訪日短期滞在ビザ(短期商用ビザ)を申請するため、笹川同学会(本奨学金制度研究者OB会)事務局の呉久利氏の紹介で、日中医学協会の笹川医学奨学金制度担当の李高娃氏に連絡した。以前は、短期滞在ビザは日本の大学教授の招聘状があれば簡単に申請できたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で申請書類が大幅に変わり、招聘状の他に日本滞在スケジュール、誓約書等の書類の提出と日本入国前後14日間の健康状態の報告も必須となった。11月17日に在上海日本領事館指定のビザ申請代行機関に申請書類を提出した。提出する時、少し緊張した。私はこれまで短期滞在ビザの申請をしたことがなく、大事な時期に申請要件が変わり、もし書類に不備があると指摘されたら、また日本側とやり取りをしなければならず、時間がかかり、受験に間に合わなくなる可能性がある。担当者がその場で申請書類を細かくチェックし、幸い不備はなく受理され、私は安堵した。

 領収書をもらい、2週間後にSMSで申請結果を通知すると言われた。申請結果は当該ビザ申請代行機関のホームページ上でも確認でき、ホームページの方がSMSより少し早くわかるようだった。それから2週間、少しでも時間が出来るとウェブサイトを開き進捗状況を確認した。26日の夜にようやく「正常出签」(ビザが下りた)という言葉が表示された。その瞬間は、殊の外嬉しかった。 努力し続けてきたことに進展があり、自分の目標に一歩近づいた瞬間であった。

 翌日ビザを取得した。その日の夜、中国と日本との間で往来再開の合意に達したというニュースを目にした。さらに11月30日からビジネストラックスキームの申請受付が開始されることとなった。ビジネストラックは、出国前72時間以内のPCR検査結果を提出すれば、日本入国後14日間の自宅等待機は不要である。私が申請したレジデンストラックは、出国前72時間以内のPCR検査結果の提出は不要だが、日本入国後は公共交通機関を利用できず、14日間自宅等で待機しなければならない。ビザ有効期間中は、レジデンストラックからビジネストラックへの変更はできない。しかし、ビジネストラックは行動予定や滞在場所の明確な情報を提示しなければならないため、接触者数が少ない商談には向いているが、私のような大学院入試など多くの人と接触する活動には向いてないと思う。

 松本教授にビザ取得の報告をするとすぐに返信が届き、「以前大学はオンライン入試に同意しなかったが、今の状況を考えると訪日受験は時間的にも経済的にも負担になるので、オンラインで試験に参加できるよう、再度大学に強く要望した。大学は来週の会議で検討すると言っている。もしオンライン入試が認められれば、日本と中国を往復しないで済むので、まだ航空券を予約しないで連絡を待つように」とのことであった。松本教授の私への気遣いと配慮に、心から感動した。

 数日後松本教授から、「大学はオンラインでの試験は不正が生じる可能性があると判断し、オンラインでは行わないことになった」というメールが届いた。少し落胆したが想定内のことだったので、すぐに航空券と宿泊先を予約した。ようやく12月中旬までに国際線往復航空券、大学近くのアパート、空港からアパートまでの送迎車の手配が完了した。計画では、1月7日に南京を出発し、関西国際空港から送迎車で大学のある奈良県橿原市へ直行し、14日間の自宅待機終了後、25日に大学院の入試を受け、26日に中国大使館指定の検査機関でPCR検査と抗体検査を受け、双陰性証明書を取得した後、28日に帰国する予定でいた。

 時は過ぎ、2020年の年末になった。荷物をまとめて出発の準備をしていた時、思いがけないことが起こった。12月26日20時過ぎ、日中医学協会の李高娃氏から突然連絡があり、イギリスと南アフリカで発見された新型コロナウイルス変異種の急速な感染拡大に伴い、日本政府は2020年12月28日から2021年1月末まで海外からの新規入国を停止する準備を進めているとのことであった。あまりにも衝撃的な内容で、私の計画が完全に狂ってしまった。出発は2週間後である。どうすれば良いか。明日一日だけバッファタイムがあるが、そう簡単には出発できない。私は落胆し、熟慮の末、明日の出発は非現実的なので、来年再び受験の機会を待つことに決め、松本教授にこの残念な知らせを伝えようとメールを書いていた時、事態が急変した。以前の中日間の入国合意政策により、中国など11か国の国は今回の新規入国拒否対象国から外れた。たった3時間で、私の心はジェットコースターのように浮いたり沈んだりした。

 しかし、それから数日も経たない12月29日に、また新しいニュースが入ってきた。11か国からの外国人の日本への入国許可を維持する政策は日本国内で強く反発され、また日本国内での感染者急増により、日本政府が再び緊急事態宣言を発表する可能性があるとの内容であった。もしそうなったら入国制限はさらに厳しくなる。ニュースを聞いた私はまた心配になり、出発を早める可能性を考え始めた。しかし、南京発関空行の直行便は週1便しかなく、予定よりも1週間早く出発するとなると仕事の引き継ぎができず、宿泊先もホテルになり、宿泊費が高額になるだけでなく、毎日の生活必需品や食事の手配も困難になる。2〜3日早く出発すると、上海から出国し東京から入国することになり、移動時間が長くなり感染リスクも高くなる。万策が尽き、日中医学協会の李氏に相談して意見を聞くことにした。彼女は、自分もこの話を聞いたが入国制限が厳しくなるとしても1月10日以降なので大丈夫だと言ってくれた。李氏の言葉を聞いて自信がつき、気持ちも落ち着いた。「人事を尽くして天命を待つ」覚悟で、当初の計画通り1月7日に出発することにしたが、万一入国できなかった場合に備え、松本教授に状況報告するメールを予め準備しておいた。こうして不安な気持ちを抱きながら2021年を迎えた。

 1月4日、日本政府は年頭記者会見を開き、1月9日に首都圏1都3県に緊急事態宣言を発令する予定であると表明した。記者から11か国からの外国人の新規入国を停止するかとの質問に対し菅首相は、これらの国の感染状況は十分に収まっており、変異種の発生や感染拡大の恐れはないと判断し、当面は入国を停止しないが、これらの国で変異種や集団感染が認められた場合は、直ちに入国を停止する意向を示した。このニュースを聞いて、ずっと緊張していた私は、やっと緊張から解放された。その日、教授秘書の松浦氏に入試の詳細を確認するメールを送った。松浦氏は入国制限が厳しくなり、予定通り来日できるかとても心配してくれた。松浦氏が心配しないように日本政府の記者会見のニュースを説明した。

 翌日形勢が急変し、1都3県に対する緊急事態宣言の発令が1月7日に早まるとの報道があった。昨日の記者会見での菅首相の今後の入国政策についての回答に対して、自民党内党外から反対の声が多く、この圧力の下で、1月7日の緊急事態宣言発令と同時に外国人の新規入国も停止となる可能性があり、私は再び不安になった。ここで、日中医学協会の李氏に本当に感謝したい。彼女はずっと入国に関する情報を注視し、私を慰めてくれた。李氏は「新規入国を停止することになっても、実施までには数日の猶予があるので、5日に入国停止の発表が無ければ来日できるから、落ち着いて、焦らないで」と言ってくれた。李氏の言葉で頑張りぬく自信をもらったが、その夜は不安でよく眠れなかった。不安な気持ちのまま6日の朝を迎えた。幸いなことに、6日はその関連のニュースは無く、その時初めて、ニュースが無いことは私にとって良いことなのだと深く理解できた。こうして7日、いよいよ出国の日となった。

 

第2回 日本入国から入試の日まで~日本人の優しさに触れて」につづく。